「きれーっ」
私は観覧車からの景色に目を奪われた。
眼下に広がるのは、いつもの街並み。
しかし、上から見下ろす景色は、また別世界だ。澄んだ青い空を背景に、照らす太陽の光がこの遊園地と街を綺麗に彩っている。
立ち並ぶ住宅やビルの窓に光が反射し、それがキラキラと煌めているのが見える。 人も遠く小さく見え……人々が行き交う姿、ベンチでのんびりとくつろいでいる人や、カフェテラスなどで語らう恋人たち。遊園地内を駆けまわっている子どもたちの姿がなんとも可愛らしかった。すべてが、一枚の絵画のようだ。
私は感嘆の息を吐く。それと同時に、龍がぽつりと声を漏らした。
「そうですね……綺麗です」
その声に吸い寄せられられるように、私は龍へ視線を向けた。
目を細め、ほんのり微笑んでいる龍の横顔が目に映る。トクン……私の胸が弾いた。
「こ、こういうのもいいよね! ヘンリーが来てから、なにかと賑やかだったから。
これだけ静かなのも、久しぶりかも」私はこの雰囲気がなんだかむずがゆく感じられ、振り切るようにわざと明るく言ってみせた。
すると、龍はくすっと笑い顔をこちらへ向ける。「ええ、お嬢とこうして同じ時を過ごせ……とても幸せです」
視線を逸らすことなく優しい微笑みを向けてくる龍に、私は戸惑う。
こんな状況で、そんなに嬉しそうな顔を向けられると……すごく恥ずかしいじゃないっ。 私は視線を泳がせる。なんだか、いつもと違うこの雰囲気に、どうも馴染めないでいた。
「な、何よ。変な龍……」
私はドギマギしている自分の心を誤魔化すように、視線をまた外へ向けた。
「お嬢と出会い、早五年……。短いような、長かったような。
あなたと共に生きるようになってから、私の人生には彩が生まれました」静かに語り始めた龍に、私は違和感を覚え視線を戻す。
何かを懐かしむような眼差しで龍は外の景色を眺めている。<静かな時が流れる中、心配そうに見つめる瞳がずっと私を捉え離さない。「お嬢……」 龍の大きく男らしい手が、私にゆっくりと伸びてきた。 しかし、すぐにその手の動きが止まってしまう。 私に触れる少し手前で、ピタリと停止する。「龍?」 私が不思議そうに見つめると、龍は苦しげに眉を寄せ、きつく目を瞑る。 そして、おもいっきり大きく息を吐き、ゆっくりと目を開けた。 伸びてきた手は、私に触れることなくゆっくりと引いていく。「すみません、お嬢。髪の毛にゴミがついていたと思ったのですが、気のせいでした」 そう言って笑った龍の笑顔に、私はなんだか寂しさを覚える。 いつも遠慮気味の龍……何かを隠しているようなその笑顔に、私の胸は締め付けられた。 そして、それと同時に、私の中に恥ずかしいという感情が唐突に湧いてきた。 ふ、触れられるのかと思った。とんだ勘違いだったけど……。 しかも、私ちょっと期待してた? ま、まさかね。 ……ちょっとドキドキしてしまったじゃないか。 そうだよね、龍に限って変なことしないよね。ヘンリーじゃあるまいし、と思いつつ。 寂しく感じている自分に、私は違和感を覚える。 あれ、なんだ? この気持ち……ちょっとおかしいぞ。「そっか……あ、もうすぐ着くよ」 私は気を紛らわせるため、外へ意識を向ける。 徐々に観覧車も終わりが見えてきた。地上が近づいてきている。 どこか少しほっとする自分がいた。 先ほど湧いてきた気持ちがいったい何なのかわからなくて、私は苦しい胸の内から目を逸らしたかった。 ヘンリーのことだけで手いっぱいなのに、今はごちゃごちゃする感情と向き合いたくない。 そう、私は逃げていた。「……そう、ですね」 元気のない表情と声で答える龍に、私もなんだか残念な気持ちが湧いてきてしまう。 その重い空気を振り払うかのように、私は龍に笑顔を向けた。
「龍?」 私は心配になり、龍をじっと見つめる。 ふいに顔を上げた龍がいつもより格好良く見えてしまい、また私の心が跳ねる。 真剣な眼差しが私に突き刺さる。「だから……お嬢がヘンリーと一緒にいて幸せなら、私はお二人を応援します。 お二人がずっと一緒にいられるよう、私も一生懸命お仕えいたします」 その龍の表情、瞳、声……どれもがいつもと違っているように感じられた。 なんだか切ないような、切実な想いが、そこには込められているようで……。 本当に、今日の龍はどこかおかしい。 最近ずっと変だと思ってたけど、今日はさらに変。「どうしたのよ、今日の龍、変だよ?」 「お嬢も不安なのですよね? ヘンリーがこの世界から、居なくなってしまうこと」 私の表情を窺うような、その眼差し。 龍から発せられたその言葉に、私は目を大きく開いた。 なんで、そのこと……。 隠していた本音をズバリ当てられ、私は動揺を隠せなかった。 龍に、その気持ちを打ち明けたことはない。彼が知っているはずはないのだが。「な、んで……」 私の驚きように、ふっと龍が笑う。「お嬢のお気持ちは、手に取るようにわかります。ずっと……見ていますから」 龍は少し寂しげな表情をして、優しく微笑む。 どうして? どうしていつも、龍にはわかっちゃうのかな。 私の考えていることがいつも筒抜けじゃん。 そう……不安だよ。 ヘンリーのことを好きになればなるほど、その不安は大きくなって私に襲いかかってくる。 彼はこの世界の人ではないから。 いずれ別れがくると思うと、怖くてたまらない。 どうしていいかわからず、一人恐怖と闘っていた。「龍……私」 「心配しないでください。どうにかして、ヘンリーと一緒にいることができないか、私なりに方法を探します。 そして……もしも、もしもヘンリーが消えてしまっても」 そこで、龍の
「きれーっ」 私は観覧車からの景色に目を奪われた。 眼下に広がるのは、いつもの街並み。 しかし、上から見下ろす景色は、また別世界だ。 澄んだ青い空を背景に、照らす太陽の光がこの遊園地と街を綺麗に彩っている。 立ち並ぶ住宅やビルの窓に光が反射し、それがキラキラと煌めているのが見える。 人も遠く小さく見え……人々が行き交う姿、ベンチでのんびりとくつろいでいる人や、カフェテラスなどで語らう恋人たち。遊園地内を駆けまわっている子どもたちの姿がなんとも可愛らしかった。 すべてが、一枚の絵画のようだ。 私は感嘆の息を吐く。 それと同時に、龍がぽつりと声を漏らした。「そうですね……綺麗です」 その声に吸い寄せられられるように、私は龍へ視線を向けた。 目を細め、ほんのり微笑んでいる龍の横顔が目に映る。 トクン……私の胸が弾いた。「こ、こういうのもいいよね! ヘンリーが来てから、なにかと賑やかだったから。 これだけ静かなのも、久しぶりかも」 私はこの雰囲気がなんだかむずがゆく感じられ、振り切るようにわざと明るく言ってみせた。 すると、龍はくすっと笑い顔をこちらへ向ける。「ええ、お嬢とこうして同じ時を過ごせ……とても幸せです」 視線を逸らすことなく優しい微笑みを向けてくる龍に、私は戸惑う。 こんな状況で、そんなに嬉しそうな顔を向けられると……すごく恥ずかしいじゃないっ。 私は視線を泳がせる。 なんだか、いつもと違うこの雰囲気に、どうも馴染めないでいた。「な、何よ。変な龍……」 私はドギマギしている自分の心を誤魔化すように、視線をまた外へ向けた。「お嬢と出会い、早五年……。短いような、長かったような。 あなたと共に生きるようになってから、私の人生には彩が生まれました」 静かに語り始めた龍に、私は違和感を覚え視線を戻す。 何かを懐かしむような眼差しで龍は外の景色を眺めている。
「……やっと静かになりましたね」 安堵した龍がそっとつぶやいた。 絶叫系地獄から逃れられ、彼もほっとしたのだろう。「そうだね、もう絶叫系はこりごりかな……。 そういえば、最近ヘンリー達のおかげで龍と二人で出かけるなんてことなかったしね」 久しぶりの龍との二人きりのお出かけ、というこの空間を感慨深げに思いながら私は笑いかける。すると、龍と視線がぶつかった。 案の定、すぐさま龍の目が私から逸らされる。 最近、こういうことが多いな……なんだか、ムカつく。「龍、最近なんだか怒ってる?」 私は疑いの眼差しを龍に向けた。 すると急に取り乱した龍が、頭を左右に振りながら否定してくる。「い、いえ。とんでもないです! 私がお嬢のことを怒るなど、あり得ません」 「ふーん、まあ、いいけど」 私が黙ってしまうと、途端に静まり返る。 なんだか気まずい空気が漂い始めた。 次に沈黙を破ったのは龍だった。「あの、お嬢。もしよろしければ……観覧車に乗りませんか?」 突然の申し出に、私はキョトンとした顔で龍を見つめる。「あ、いえ、嫌なら別に。申し訳ありません、調子に乗りました」 龍は何を勘違いしたのか、突然慌てて私から顔を背ける。 不快に感じたように見えただろうか?「いいよ、観覧車好きだし。龍も好きなの?」 その言葉に、龍は私に向き直ると華やいだ笑顔を見せる。「いいんですか!? はい、私も観覧車が好きで……お嬢と乗ってみたいなと思って」 喜んだかと思えば、語尾がだんだんと尻すぼみになっていく。「へー、意外な事実発見。長く一緒にいても、まだまだ知らないことがあるね」 「そ、そうですね」 龍の新たな事実を発見した私は、なんだか嬉しくてウキウキしていた。 心躍るというのだろうか、龍の新たな一面を知れるのは、なんだか妙に嬉しかった。 早速観覧車の方へ歩き出そうとした私に、龍が声をかける。
絶叫系の乗り物に振り回された私は、もうヘトヘトだった。 遊園地の絶叫系を全て制覇し、それでも足りないらしいヘンリーは何度もジェットコースターに私を引っ張っていく。 楽しそうに微笑むヘンリーを見つめ、私はげんなりと肩を落とした。「楽しいねー、流華」 「そ、そうだね」 ヘンリーの体力は一体どうなっているんだ? さっきからジェットコースター何回乗った? もう、無理……。「次、あれ乗ろうよ!」 ヘンリーが次に指差したのは、この遊園地で一番怖いと名高いジェットコースター。 さっきも一度乗ったやつだ。 怖すぎて気絶するかと思った、もう二度と御免だ。 私は視線をヘンリーから逸らし、何気なく龍へと移した。 龍も貴子に引っ張られながら、私たちと行動を共にしていた。 私と同じく青い顔をした龍が目に入る。 どうやら彼も、もう限界を迎えているようだった。「いいわねー! あれ、楽しかったし」 貴子は私たちの様子に気づいていない。 どこ吹く風、ノリノリの様子だ。 ヘンリーと貴子。 この二人の体力と精神は、子ども並なのかもしれない。 そんなのに突き合わされる私と龍は、たまったもんじゃない。「私はもう無理。ヘンリー、一人で行ってきなよ」 「えーっ」 ヘンリーは駄々をこねる子どものように、残念そうに唇を尖らせた。「ヘンリー、お嬢に無理をさせることは私が許さん」 龍が私の前に立ちはだかると、ヘンリーを叱りつける。「むーっ」 ヘンリーは頬を膨らませ、龍を睨みつけている。 私はふといい案を思いつき、手をポンと叩いた。「そうだ、貴子。ヘンリーと一緒にもう一回乗ってきてあげてよ。ね、お願い」 私が貴子に向かってお願いのポーズを取ると、貴子は不満げに眉を寄せた。「え? ヘンリーと私で? 流華と龍さんは来ないの?」 「ヘンリー楽しそうだし、貴子も好きでしょ
彼女のマイペース振りは知っていたけど……ここまでとは。 それに、と私は改めて貴子を見つめる。 先ほど見せたおぞましい何か。 貴子には、まだまだ私が知らない何かがたくさん眠っている、ということだろうか……。 楽しげな貴子を睨みつけるシャーロット。 彼女は悔しそうに顔を歪めながら、小さくつぶやいた。「あの女……覚えてらっしゃい」 その囁きが聞こえたのか、貴子が鷹のような目でシャーロットを睨みつける。 すると、突然シャーロットはふらっとよろけ、隣にいたアルバートにもたれかかった。「シャーロット様! 大丈夫ですか? 一度お家へ戻りましょう」 「嫌よ! ヘンリー様と一緒じゃなきゃ嫌!」 「我がまま言わないでくださいっ」 アルバートはシャーロットを抱きかかえると、私たちの方へ向き直り軽くお辞儀する。「私はシャーロット様を家まで送ってきます。それでは」 アルバートの腕の中で、泣き喚きながら暴れるシャーロット。 そんな彼女を無視し、アルバートはそのまま踵を返し歩き出す。「さよなら~。お大事にね」 貴子は満面の笑みを向け、呑気に手を振っている。 その声が届いたのか、シャーロットが大きな声で泣き出した。「ちょっと、何もそこまで」 「いいのよ、あのお姫様には少しお灸をすえなくちゃ。 それに……いつまでも期待を持たせるのは、悪いでしょ?」 そう言うと、貴子は私を真剣な眼差しで見つめてくる。 その瞳の意味するところは、私にもわかっていた。「な……私だって、心苦しいの。 シャーロットの気持ちを考えたら、どんなに苦しいだろうって」 私がシャーロットのことを心配そうに見送っていると、貴子がぼそっとつぶやいた。「はあーっ、あんたって、いろんな意味で鈍感よね。まあ、いいけど。 ……そんな気持ちを何年も抱えながら側にいる人が、一番近くにいるのに」 「え? どういう意味?」 「ううん。あんたは気